見事カオスマスターを打ち倒し、一行はそれぞれの日常に戻って行きます。最後はその光景を辿って幕とさせていただきます。
リヴの意識が混沌に食われようとした折、それを阻止したのは火吹き獣ひーちゃんだった。賢い獣はリヴの背にあった荷物袋から「混沌の核」が収められた箱を器用な鼻先で取り出したのである。
箱を返そうとマトーシュの部屋へ赴いたが、不思議なことに扉は消え失せていた。
◇
「やあ、お待ちしていました」
スネージの長の息子がふたりに頭を下げた。
「終わったのですね」
マトーシュ像の見守る前で黒エルフのスカーフとオークの指輪を返却すると、黒エルフとオークと冒険者たちから万雷の拍手が湧き起こった。勇者を讃える品として『警告の紫水晶』が贈呈された。
どうやら他の冒険者たちは、実力が分からない――つまり暗に足りないと言われて、混沌迷宮の第1層から攻略せねばならなかったらしい。なるほど出会わなかったわけだ、とリヴは納得し、同時に安堵した。
世話を焼く相手はひとりで充分だ。
◇
「おや、縞蛇の旦那かね。……お別れを言いにきた? 下手な冗談はよしなさいよ。レドナント村に冒険者が集う場所っていったらウチの酒場しか無いだろうに。ふむ、ちょっとリヴァーティアのいない所で稼ぎたい? お前さん、育てた割にあの子には頭が上がらんのだねえ。いやいや冗談だって」
◇
黒エルフとオークの宴会から解放されたあと、リヴとソールはゆっくりとレドナント村で休んでいる。リヴにとっては自分の弱さを感じて嫌だったのだが、何しろカオスマスターに覗かれた頭がまだ痛かったのだ。
それでソールを相手に柄にもなく身の上話などをしている。
ソールがこれまでの経緯を語ったのだから、自分も語るのが筋であろうと思った。
「私は貧農の娘だった。ひどい飢饉に襲われた年、一家全滅か、食い扶持を減らすかの選択を迫られて、育ちすぎた娘はハンマーを片手に故郷を出たのだ。冒険者という職があると知って、お前がしたように手本を探して回ったよ。よりにもよって私の師は縞蛇という男だったが」
ソールは目を丸くした。
「なあ。お前は迷宮で散った命に負い目を感じているのだろう。だがそんな必要は無い」
そこで言葉を切って、リヴはシチューをすすった。宴会の為に取り寄せたという、レドナント村では滅多に出会えない新鮮な野菜がごろりと入っていて、美味かった。
「必要が無いなどとは思えないが」
「どのような名将のもとでも人は死ぬ。どのような愚将の指揮下でも生き延びる者はいる。その運命のサイコロはお前ひとりが振っているわけではないのだぞ。冒険者や兵士や火吹き獣もひとりずつが己の意思で決めたことの先に、生死の境界が待ち受けている。お前は彼らとひとときだけ時間を共にし、そしてお前は境界を運よく死の方へ踏み越えなかった。それだけだ」
またリヴが言葉を切ったので、今度はソールがシチューに口をつけた。育ちがいいくせに何でも食べるのだなと思う。
「いくらでも反省はするがいい。だが無意味に引きずるな。それこそ散っていった者たちを無駄にする」
「リヴ殿……」
「ふん」
「そんなに長く喋るリヴ殿は初めてだから面食らっているのだが」
「潰すぞ青二歳」
◇
ゴープ市の兵舎ではカオスマスターを倒した一行と、その中に火吹き獣がいたという話でもちきりである。
ソールとひーちゃんは市民がまく花吹雪の中を通って、兵舎にやってきた。
「ひーちゃん!」
指に包帯を巻いた兵士が火吹き獣に抱きついた。迷宮巡回隊の隊長がソールと握手を交わす。
「よければうちの兵団に入らないか? 火吹き獣との相性も良いようだ」
「お誘いは有難いが、まだ私は世界を巡る旅の途中なのものですから」
「それは残念だ。しかしいつかカオスマスターがまた出現するようなことがあれば……」
ソールは笑って、首を横に振った。
「その時には、きっと私よりも適任な冒険者が育っていますよ」
◇
レドナント村の酒場は、いつも混沌迷宮でひと稼ぎしたい冒険者で混雑している。
その中でも一際目立つ長身の女戦士がいた。褐色の肌に黒い髪、並の人間では持ち上げられない重量の戦槌を、軽々と片手で振り回す。
腕利きの彼女の前には今日も依頼者がやってくる。
「<喰われず>のリヴァーティア様、どうかお助けを」
彼女はふんと鼻で笑って言う。
「雇用条件は端的に言うことだ」
◇
ホーッ、と梟が鳴く。
それを聞いているのは「あなた」だ。
「私はマトーシュ。振り向かなくていい。その時間も惜しい。ここまで読んだなら状況は飲み込めているだろう。また混沌が悪さをしだしてね、君の協力が欲しい。なに、準備はペンとダイスと楽しむ心だけさ。さあ行こうか、混沌迷宮へ」
[完]
ローグライクハーフ『混沌迷宮の試練』これにて無事に完結です。お付き合いいただきありがとうございました! この後のページではイラストレーターに描いてもらったリヴ&ソールの立ち絵や、活躍したオリジナルキャラクターについての背景情報などをお届けいたします。NPCとして皆様の冒険に添えていただけるようにするつもりですので、お楽しみいただければ幸いです。
2023/7/16現在『混沌迷宮の試練』は無料公開が終了していますが、近々いわゆる夏コミで製本版が発売されるとのこと。BOOTHでの発売ページでも紹介が載っていますね(https://ftbooks.booth.pm/items/48973241st)。
またシナリオ『黄昏の騎士』は引き続き無料で公開されています。
拙リプレイを読んで、冒険の旅をしてみようと思われた方がいらっしゃいましたら、是非ダウンロードしてお楽しみくださいませ。
https://ftbooks.booth.pm/items/4671946
リプレイを綴ったシナリオは『混沌迷宮の試練』(FT書房、作:杉本=ヨハネ、監修:紫隠ねこ)の三回目の冒険。
「東洋 夏」がリプレイプレイヤーとしてお届けしました。
それではまた次の冒険でお会いしましょう!