ホッコに見せたソールの態度が気になるリヴ。早速問い詰めようとします。
ホッコの大きな背中が西向きの出口から去って行くのを見届けて、リヴたちは部屋の北側の扉から先へ進む。東西に細長く伸びた通路に繋がっている。
やはり通路は森閑として、不可思議なことに他の冒険者の気配は無い。
「兵士たちと知り合いだったのか」
と振り返ってリヴは尋ねた。
「いや」
「何故助けた?」
ソールに一歩寄った。火吹き獣が警戒して毛を膨らます。すっかりソールに懐いてしまった。
「お前、何を隠している。何の目的で付いてきた。言え。洗いざらいだ」
こちらを見返すソールの顔に過ぎるのは恐怖と、何だ?
[通路]1:隠された宝物
あまりに迷宮が静かだから、リヴにも油断があったのだろう。加えてソールに対する疑いが、じんわりと思考を曇らせていた。
もう一歩ソールに詰め寄ったその時だった。石壁の隙間から、鋭い風切り音を立てて槍が射出される。
リヴは体を捻って交わしたが、ソールは避けきれなかった。腕から血がしぶく。
火吹き獣が責めるように一声いなないた。お前の主人の保護者ではないぞとリヴは諭してやりたかったが、代わりに腰布を破き、ソールの腕に巻き付ける。
「大丈夫だ、リヴ殿。そんなに強く巻いていただかなくとも」
「弓取りが腕の傷を疎かにするな」
リヴに手を取られて身を固くしながら、
「……私は贖罪をしたいのだと思う」
ソールは静かに、唐突に、言った。
「あるいは単に迷宮にあてられたのかもしれない。その手段としてリヴ殿の後を付いて回っていることは、申し訳なく思っているのだが……」
ソールの説明(あるいは弁明)を最後まで聞くべきだとは思ったものの、罠の仕掛けられた廊下で長話をするのは愚策だろう。方針転換を認めないのは弱者の思考である。
一旦独白を止めさせ、さらに東へ進み、北側の小部屋へ足を踏み入れた。
しかし不運は続くものなのである。
[7部屋目]44:魔力減衰(※対象キャラクターなし)
一行が部屋の中ほどまで進んだ辺りで、どうと轟音を立てて入口の上部から石壁が落ちてきて、締め切られた。罠だった。
部屋の全面が淡く輝き始め、血管めいた脈打つ紋様が壁に浮き上がる。
「ん、魔力測定中、とな?」
その中で文字らしきものが浮かんでいるのを指さし、ソールが首を傾げた。
「リヴ殿、魔術の心得は?」
リヴは鼻を鳴らした。そんなものが使えたら、別の人生があっただろう。
「私にもその素養は無いな。ひー殿も……大丈夫か」
火吹き獣はおっとりと毛繕いをしていた。
しかし幾ら一行が魔法と縁遠くても、部屋は杓子定規に測定を続けるようだ。リヴはソールに先ほどの話の続きを促した。
「かつて私は迷宮に挑んだことがある」
正直なところ、リヴは少々驚いた。殺人バチの死体で悲鳴を上げるような青二歳が、迷宮に挑もうという気合を好んで絞り出すとも思えなかったからである。
「黄昏の騎士というモノが、人々を脅かしていた。その脅威を取り除くために。いや、私の主目的は、その、生活資金を稼ぐためだったのだか」
聞けばソールはやはり良家の子息であった。リエンス家という。ロング・ナリクでは有名な服飾産業の雄だのだそうだ。リヴには全く縁遠い話で、感心するようなこともない。
ソールはその家から蹴り出された。6男坊は流石に養いきれなかったのか。それとも別の理由があったのか。それは言わなかった。
ともかくソールは生きていく方法を探すため、迷宮に「縋った」のだ。
一文無しになりそうだったソールを受け入れてくれそうな、そして一攫千金が狙えそうな場所といえば迷宮なのだと、そそのかされて。
「初めての迷宮探索で私は死を振りまいた。私が余りにも無知で無力だったが故に同伴者が何人も落命した。私が手をくだしたものもいる。……生還して一息ついたとき、彼らの存在がのしかかってきた。お前のその怠惰な生活のために我らは死んだのかと問われているような気がして、理由なく生きていることが苦しかった。再び迷宮に挑めば解決するのではと思い始めたその時に」
混沌迷宮の話を聞いた。冒険者を歓迎していると。
「だが生き延びるには知識がいる。少なくとも先の迷宮でそれだけは学んだのだよ。体当たりで挑まねば得られない知識だ。リヴ殿に声をかけたのは、私の知己が――私にスネージの長の失踪を耳打ちした者だが――、あなたは私が足手まといになったら躊躇なく切り捨ててくださる方だと断言したからだ。つまり私はあなたの後に付きまとっていたとして、誰にも迷惑を掛けないだろうと考えて」
喋ることに夢中になっているソールの腕から血が滴った。
リヴは骨を折りかねない勢いで止血布をもう一度強く巻き付ける。ソールが悲鳴を上げるのも無視して。
「格別の阿呆だな」
そこで、壁の文字が組み変わった。べそをかきながらソールが読み上げる。
「御協力ありがとうございました、だそうだ」
文字が消え去ると、石壁と見えていたところに魔法のように扉が出現した。